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2014年2月12日 (水)

支那山寺の精進料理

 支那山寺の精進料理

 ところは浮世離れのしたところで江南の地方は浙江の天童育王と云ふやうな支那四百餘州に冠たる大禪寺に山籠もりをしてゐると、その山僧の数だけでもそれぞれI四五百も居る。

從つてその朝な夕なの精進料理と云つたらたいしたものである、精進料理そのものが立派な研究の積まれてゐて一種の藝術美を発揮してゐると云へる位である。日本の精進料理などとは違ひ純である。

 上海、北京路の功徳林あたりのも結構であるが、何と云つても天童山育王寺の大寺の料理となると材料から調味、出しかた、すべてが純支那式中での純なるものであるから特殊の趣味がある。
 天童育王の料理は大仕掛けであつてその境内「庫裏」と札の打つてある黒ずんだ廣い臺所に入つて見ると大竃にかかつてゐる平釜にしても平鍋にしてもその規模はたいしたものである。

 油葉や豆類、麥の粉に野菜類を胡麻の油で炒つたり、いためたりして料理を拵へてゐるのであるが、その庫裏係り専門の寺僧の料理振りと云つたら目覚ましいものである。その大仕掛けに拵へてやるせいでもあるか油脂などにしても坊間に賣つてゐるそれとは著しく違つて味がよく出来てゐる。

未だに 天童山で寒中寺僧と一緒に戴いた油條の味は忘れられない。かう云つた大仕掛けの山門の庫裏は特別である。

 普通の禪寺にしてもしかしその精進料理は中にはよく研究されてゐる。春の清明節の頃は殊によく調理せられたものが卓上に運れる尼寺の庫裏丈はまだ覗いてゐないが何處にしても山寺の料理は普通の肉を使つた料理に負けぬ丈のものが出来るやうになつてゐる。 無論又酒の貯へも充分にあることは云ふ迄もないこどである。

 山西省天龍山の聖壽寺に山籠りをしてゐた時分にも時折りその自分共の欲しいものを如何にして料理してゐるか。 見學の為め奥の方に這入つて庫裏の内部を視に行つたことがある。 此の山寺は穀物の物置を見ても蓋附きの深い大甍に幾十となく粟その他の穀類の貯蔵がどつさりある。 寺の財産には大分ひろい山がある。 精進料理の材料の豊富なのは當然である。 自分共食事の前には大抵いつもどう云ふ料理を拵へやうかと山僧から、聞かれるので、山寺生活にあやかり見計らつたものをこちらで云ひ附ける。

その入山した初夜の皿の名はかうである。

   吃 飯

 一、白胡麻つきのシャオピン炒餅
 ニ、小米即ち粟の稀飯(粥)
 三、年糕白菜湯

 四、招興酒
 五、福神漬に罐詰の肉
 六、漬物類
その他随便で見計らって寺で食べてゐるものを
と大要かやうな註文である。このうちの五は同行者が携帯して行ったものである。或る晩その臺所へ行つてゐたら廣い所にカンテラ一つつけて二三の寺男の老爺ども平釜で粟の粥を焚いてくれてゐた。 同じ竃の火力を他に今一つ利用して湯をたぎらかし菜つぱを刻んで入れ、年糕の白餅を取り出して用意をしてくれてゐるのを見た。 籠のそばは暖い。 部屋は暗くてもこゝでかうして閑談をしてゐるとよい心持ちになる。 都合では寺男連を相手にカンテラの下に籠を圍んでこのままここで食事でもしたら眞の幽居の生活の気分も味はれて面白いことであらうと思はれたであつた。 やがてしばらくするとすペて出来た。 控門を隔てて祠堂の左手、葡萄棚の前なる自分共の客堂に暖いのが大碗に盛られて運ばれる。 卓上燭をふやし三本ばかり立てゝ邊りを明るくする。 豫め太原城内より用意をして釆た角砂糖を二三粟の粥に入れる。 粥は粘りが強くて角いのが解けにくいのを箸でまぜて溶かしてゐる。 すると空秀老和尚の珍らしげに餘念なく視線を此の角砂糖に注いでゐる様子が蝋燭の明かりに照らされてよく見えてゐる。 幽居の生活を七十年間此の山寺の奥になしつづけてゐる。 和尚の心持はよく讀めてゐる。 そこで角                 
砂糖の三つ四つを罐から摘み出して
 「和尚さん、これは御存じてあらうが甘くて至極便利なものでね」

と云ひつつ與へやうどすると、
和尚もさるもの両手をひろげ大椀の形を作り如何にもニコ~と心から嬉しさうな様子で
 「どうぞ」
 「洵にありがたい結構なもので」
と云つてその手を引込めやうとしない。 罐の内容仝部を頂かしてもらへると考へたものらしい。更に二三十箇を與へてやつた。 千年前の山中生活に今どきの角砂糖など珍らしく空前のものと見えたのも無理はない。老爺の曰く
 「これ丈頂いてゐると数箇月は楽しめますわい。滅多に見たことのないもので」
と悦に入つてゐたのは何よりの愛嬌であり又それが自分共の御馳走にもなつたわけである。

(後藤朝太郎著「支那風俗の話]<昭和二年発行・大阪屋號書店>より)

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