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2013年11月21日 (木)

「思い出の先にはいつも家庭料理」

新刊食書のご紹介

思い出の先にはいつも家庭料理
     寛仁親王妃信子著・青柳陽一撮影
     (マガジンハウス発行・定価1995円)

ー花桃 四季の一品料理&エッセイー

四季折々の、時を迎える歓びを忘れずに、
自然からのおくりもの、旬の味、旬の香りを伝えること。
そんな思いを、私は家庭料理に込めてまいりました。
春の魚だから「鰆」、秋が旬だから「秋刀魚」。
その美しい日本人の感性を風化させないように・・・・。

桜鯛の洒蒸し中華風
桜の咲く頃、ほんのり桜色
に蒸し上かった桜鯛に千切
りにLた白髪葱と生姜をの
せ、熟した隠し味の油を。

こころあたたまる福島伊達の人々との交流、
    そして福島の自然豊かな食材との出会いに、
        春夏秋冬の日本の旬を愉しむ全68品

長葱のドレッシング漬け
長葱を手づくりドレッシ
ングに、半日漬けておく
だけですから、簡単にで
きる重宝な一品。

秋刀魚のカルパッチョ
秋は秋刀魚が旬。お刺身
もいいのですが、今宵は
カルパッチョに。

アンポ柿のサラダ
伊達名産のアンポ柿は
サラダや白和えにしても
美味しいのです。

特別寄稿
料理が人を励まし、絆をつくることを証した
真実の料理エッセイである。(オビ文より)
・歌舞伎役者/人間国宝 坂東玉三郎さん
・著述家 牧山桂子さん
・発酵学者/東京農大名誉教授 小泉武夫さん

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2013年11月20日 (水)

北風が運ぶ思い出=パンとウオッカとカルパス=森繁久弥

北風がはこぶ思い出

=パンとウオッカとカルパス=

森繁久弥

 

街にジングルベルのメロディが流れ、冷たい北風に思わずオーバーの襟を立てる頃になるときまって記憶に甦ってくる一つの思い出があります。

 

直径三尺のパン 

 

それは十五年程前、私が新京(現在の長春)の放送局に居た頃の事です。 灰色の雲が空を覆い、厚い防寒服を通して大陸の寒風が身にしみるような冬のある日、録音をとる為に一行七人はハルピンを通って牡丹江に向かいました。 ハルピンは御承知のようにエミグラントと呼ばれる白系ロシア人が沢山住んでいるところです。

 汽車がハルピンを過ぎてある小駅に停まった時、私達の前に四十歳位でしょうか、赤ら顔の好人物らしいロシア人の夫婦が乗ってまいりました。

 丁度、お昼を過ぎた頃でそろそろお腹もすいてきたので私達は持参した折詰を開きました。 およそ冬の冷えてしまった折詰の弁当というものは寒々として、あまりいただけたものではありません。 魚は小さくちぢこまり、肉は油が白く浮き出て固まっており、梅干の赤さだけがヤケに目にしみるといったものです。

 ところで私達が箸を動かし始めると前のロシア人夫婦もこちらのお弁当に刺激されたのかご飯を食べるような模様になってまいりました。 汽車に乗ってきた時大きなバスケットを三つもっておりましたが親爺さんがその一つを網棚から下ろすと、中からナフキンを取り出し、お内儀さんの膝の上に敷き、更にこんな時の為に特別に作ったと思われる板を置くのです。 おやおやと内心驚いていると、その上に次々と並べられる御馳走が凄いのです。 実際、それは私達が普通考えている車中の食事とは大分かけ離れたもので正に「凄い」といってもいいものでした。 大きなウオッカの瓶、大小とりまぜたカルパス=カルパスというのは日本でいうソーセージの事ですが=つやつやと光った赤大根、キャベツの葉が五六枚、更に古風な容器に食塩まで用意されているのです。 そして最後にお供え餅ほどもあるパンが出ました。 ロシアのパンの大きなのは直径が三尺ほどもあるのですから、お供え餅ぐらいあっても驚くことはないのですが・・・・・

 

早飯・立喰・・・・・・・

 

 日本ではパンを食べるようになってから日が浅いせいもあり、まわりの薄茶色に焼けた部分を単に固いという理由だけでパンのヘタなどと言って嫌う人が多く、甚だしきに至っては捨ててしまう人もあるようです。 サンドイッチをつくる時も中の柔らかい部分だけを使い、まわりの一番おいしいところをかえりみない向きが多いようですが、全く、勿体ないというより他ありません。 パンを常食している外国人にはこうした事は考えられない事で、むしろ、中の柔らかいところより珍重して居ります。 ロシアのパンなど特に冬は乾燥が激しいので非常に根気よく焼かないと中身が乾燥してボロボロにくずれてしまいますのでこのヘタが一寸近くもあります。

 さて、ロシア人夫婦のこの御馳走を前にして、早々に折詰を仕舞い込むと、後は失敬な奴だと思われないよう注意しながらも細かな観察を怠りませんでした。

 親爺さんはコップにウオッカをなみなみと注ぎグイッと一息に飲み干すと大きな包丁で丁度リンゴの皮をむくようにしてカルパスを切るのです。 そして半分ずつポクポクと美味しそうに食べて居りました。 パンもカルパスと同じような手つきで削りとるとバターをたっぷりと塗って口に運ぶと、唇を閉じてゆっくり噛みしめて味わっている様子です。 二人はこうして、窓外の景色に時々目をやりながら、ウオッカを飲み、パンをかじり、赤大根に塩をふりかけてパリパリと食べます。

 日本人の食生活には早飯とか、立喰いとかいってとかく食べる事をいやしむ風潮がありますが、このロシア人夫婦の食事の様子からも彼等がいかに『食べる』ことをエンジョイしているかが滲み出ているような印象を受けました。

 

一番うまかったパン

 

 私達も、牡丹江に着きますと、早速ロシア人の食料品店を訪れパンやミルクを求め、ロシア人に負けないような夕食を始めました。 カルパスを大いに食べた事は云う迄もありません。 ボルシチューといって、丸ごとの馬鈴薯や人参と紐でしばった肉の塊りを一しょに鍋に入れ葡萄酒をたっぷり加えグツグツ煮たものもロシア人の小母さんがサービスしてくれました。

 二重窓の外では、身を切るような朔北の寒風が吹き荒れております。 家の中ではペチカがもえ、おだやかな雰囲気がただよいボルシチューの鍋はあたたかな湯気を立てて居ります。

 こうなると矢張り薄い、さむざむとした折詰では気分が出ません。 私達はパンやカルパスを大いに食べ、ミルクを飲み、ウオッカのグラスを重ねて、満ち足りたおもいに夜の更けるのを忘れ、大いに語ったものです。

 これは私が今までに一番おいしくパンを食べた時の話です。

 

(昭和31年か32年の「週刊新潮」某月某日号75ページ<PR>所載)

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2013年11月19日 (火)

戦争の本当のつらさが身にしみついた人のいなくなる日本

 映画の木下恵介監督といえば数多の名作で知られるが、戦時
中に撮った「陸軍」も忘れがたい。出兵の行進の中にわが子を
見つけた母親が、横についてひた走りに走り、最後に合掌して見送り、
立ち尽くす。 
 軍の依頼で作りながら軍に睨まれた、伝説のラストシーンに重
なる歌がある。(わが生のあらむ限りの幻や送りし旗の前を征きし子)。
作者の小山ひとみさんは、戦死したひとり息子を詠んで、朝日歌壇によく選ばれた
人だ。
行商をして独りの暮らしを立てていた人という。「その痛哭のあまりのは
げしさに、この人の名を記憶されている読者もいるだろう」と、40年前、8月15
日の小欄は書いている。戦争が終わって28年、戦没兵の親もまだ多くご健在だった。
  きのう東京であった全国戦没者追悼式の参列予定者には、3年続けて戦没兵の父母の名はなかった。
 妻も16人で過去最少となった。戦後の時を死者と分かち持ってきた人が、いよいよ減りつつある。
 記憶する人も死に絶えたとき、死者は真に死ぬという。その謂いに従えば、
戦没者は続々と「真の死者」になりつつある。
 静かでたしかな追悼のかたちが、むしろこれから大切になる。
 とともに、他国の犠牲者も忘れてはなるまい。(遺棄死体数百といひ数千といふ いのちをふたつもちしものなし)と戦時中、新聞人で歌人の土岐善麿は詠んだ。これは日本
軍の戦果を報じたニュースヘの歌という。おごそかな真実の前に自国他国の違いはなく、
母の痛哭に軽重はない。
2013・8・16朝日新聞<朝刊>「天声人語」

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beランキング 「よみかえらせたい死語」

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「よみがえらせたい死語」

言葉のしかばねが累々と重なる

汗まみれでハアハアいってる、あなた。こちらキンキンに冷え
ております。なにげなくつぶやかれるだけで、悪寒が背骨をズキ
ュンと脳天までつきぬける「死語」の世界へようこそ。その恐怖
にうちかつため、今回のアンケートで、成仏しきらず亡霊のごと
くさまよっている死語にふたたび命を吹きこんでみました。

 場の空気を凍りつかせる冷却効果は悪魔の吐息級。そんな筋金入
りの死語を網羅した『【難解】死語辞典』は、30代から60代まで世
代別に、オヤジたちに通じる死語を分類している。
 1959年生まれ、ばりばり50代の私が読み飛ばすわけにいかな
かったのは、「50代はこんな死語を使いがち」という解説だった。
そこには、こんな仰天すべき分析が書かれていたのである。
 「『とっぼい』 『すかす』といった自意識や、『マブい』 『ナウ
い』など流行の立ち位置を気にする世代。そのくせ使う言葉は古い
ので、一番対応に困るのもこの世代の特徴だ」 「冷めた姿勢とは裏
腹に、ドリフや赤塚不二天の漫画で覚えたお笑いはシュールで投げ
っぱなしのギャグも多く、100%の返しは難しい」……。
 シェー!!(さっそく使うなって)、「一番対応に困る」って、
どういうことだ!? だが、50代は心ならずも底なしの死語の沼に沈
みこみ、もがき苦しむ不器用な世代であることが、回答者のコメン
トの数々からもしのばれるのだ。
                                          

  外来語崇拝が死語化を加速

「『ロハでいいよ』と言っても                            
通じなかったので、『漢字の只という字を分解すると、ロとハにな
るから…』などとくどくど説明するうち、最初から『タダでいい
よ』と言っとけばよかったと後悔した」 (長野、54歳女性)、「夫
はハンガーを『えもんかけ』、私はハイネックを『とっ<り』とい
つも口を滑らせてしまい、知り合いにあきれられている」 (千葉、
53歳女性)、「仕事で絶体絶命のピンチを脱するアイデアがひらめ
いたとき、『ウルトラCの秘策があった!』と思わず叫んだら、年
下の同僚は『ウルトラC』の意味が分からず、キョトン顔をしてい
た」 (東京、50歳男性)、「女子高生と話しているとき、『縁側』
が通じなかった。苦心さんたん説明していたら、『ああ、アニメの
サザエさんの家の庭に面した部分のことね!』と言われた」 (長
崎、56歳女性)などなど。
 だが、「会話中に明らかに死語の言葉しか思い浮かばないとき、
『その服、ナウいわね! ごめん、バブル世代だから古くさい言
い方しちゃって』といちいち断りを入れている」 (神奈川、50歳女
性)と涙ぐましい自己卑下まで迫られるいわれはないはず。おそら
く、弱肉強食のおらおら世代だった団塊60代になると、「死語です
けど、なにか問題でも?」と問答無用で開き直れそうなので、面倒
くさい葛藤に悩まされたりしないだろう(あくまでも推測です)。
 でも、ふと我に返ってみれば、死語ごときに振りまわされること
など、あっていいわけがない。
 事実、若者言葉の研究で知られる言語学者の加藤主税・椙山女学
園大教授(66)によると、もともと死語とは、ラテン語のように日常
では用をなさなくなった絶滅言語のことだった。世代間ギャップの
元になる古くさい言葉の意味あいが濃厚になったのは1995年ご
ろからのことで、以後、しかばねが累々と積み重なるように死語が
増え続けているというのだ。
 「言葉の死語化が加速された原因のひとつは外来語崇拝。写真機
がカメラヘ、帳面がノートに代わるようにカタカナ語に負けてしま
うんです。もうひとつは若者が年上を軽んじる風潮です。年配者が
口にした難解な四字熟語などバカにするだけで、辞書をひいて調べ
ようともしませんからね」
 加藤教授がよみがえらせたいと願う死語は、「べっぴん」 「ほの
字」 「恋文」など、品格のある和語の響きを伝える言葉だという。
 朽ち果てさせるには惜しい、みやびな言葉の数々が、死語の墓湯
から丁重に掘りかえされるのを、きっと待ちわびているはずだ。
         (保科龍朗)
ランキング
1位 バタンキュー  383票
2位 おニュー    336票
3位 お茶の子さいさい  333票
4位 ハイカラ    324票
5位 ルンルン    318票
6位 驚き桃の木さんしょの木  313票
7位 アベック    302票
8位 胸キュン    299票 
9位 グロッキー   297票
10位 イチコロ   296票
以下、小股の切れあがったいい女、ミーハー、あたぼう、地震雷火事オヤジ、
おきゃん、社会の窓、イカす、感謝感激雨アラレ、オバタリアン、タンマと続く。

(朝日新聞デジタルの会員登録者を対象に25年7月におこなったアンケートの
回答者1519人の回答による。)

H25・8・10 朝日新聞<朝刊>所載

*別冊宝島編集部編『【難解】死語辞典』(宝島社)、
 加藤主税編『女子大生が大好きな死語辞典』(中部日本教育文化会)  

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