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2013年9月21日 (土)

「なにわ料理一代」

新刊食書のご紹介

「なにわ料理一代」(上野修三著、創元社<℡06・6231・9010>、
定価1890円)

 浪速割烹『喜川<きがわ>』の主人は、大
阪食文化の語り部としても知られ
る。生い立ちや板場での厳しい修
業の日々、多くの弟子を育て上げ、
地場食材の開祐や伝統野菜の復活
にもカを注いできた、その60余年
の料理人としての半生を軽妙な語  .
り口で綴る。      (鳥)

(「サライ」2013年10月号 サライブック レビュー<読む>所載)

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2013年9月20日 (金)

「宮沢賢治の菜食思想」

「宮沢賢治の菜食思想」

 宮沢賢治は《殺される動物の痛
みを直感》して以来、菜食主義者
となった。
 自耕の畑で野菜を栽培したりと、
その食生活は大変に豊かだった。
 賢治が構想した農と芸術の共同体
イーハトーブ。
その根源的思想を食から播く。賢治直筆
の絵図も収録、必見である。(鳥)

←鶴田静著 晶文社
(℡03・3518・4940)
定価2310円

(「サライ」2013年9月号 サライブック レビュー<読む>所載)

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2013年9月18日 (水)

地元菓子

新刊食書のご紹介

「地元菓子」

 著者が旅のなかで出会った、そ
の土地ならではの〈地元菓子)を
網羅。愛知県・一色にあるえびせ
ん街道、青森と能登だけに存在す
るバターせんべいの謎、九州日向
路ならではの餅菓子文化。単なる
菓子図鑑ではなく、そこに地域の
風土や文化をも映し出す。 (鳥)
◆若菜晃子著 新潮社
(℡03・3266・5111)
定価1680円

( 「サライ」2013年9月号 サライブック レビュー<読む>所載)         

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2013年9月17日 (火)

駅長に渡された水蜜桃の感触

駅長に渡された水蜜桃の感触
               
     無職 笠井 昭人
       (神奈川県 85)
 45年8月20日夕刻、福島県郡山
市を出発した列車で一路南下し
た。すでに東京は米軍に占領され
ているとのうわさから、混乱を避
けて大宮駅で乗り換え、長野駅回
りで帰ることにした。
 私は17歳、海軍甲種飛行予科練
習生の七つボタンに身を包んで、
郡山海軍基地から故郷・長野県松
本市へ帰るところだった。既に日
はとっぶり暮れて、列車は闇の関
東平野を走っていた。
 突然、窓の外にスーツと一筋の
光が流れた。何だろう、といぶか
っていると、また一つ、二つと流
れた。ハッとした。あれは民家の
明かりではないか。そうだ、戦争
は終わったのだ。今は明かりの下
で夕飯を食べられるのだ。
 列車は深夜、上田駅止まりとな
った。仕方なくホームのベンチに
寝転んで、明朝の始発列車を待つ
ことにした。そこへお下げ髪にモ
ンペ姿の女子駅員が来て、「駅長
がお呼びです」と言う。
 部屋には初老の駅長が待ってい
て「長い間ご苦労さまでした。も
う戦争は終わってあなたたち若い
人が死なずに済むようになりまし
た。これからは日本の再生に尽く
してください」との言葉ととも
に、大きな水蜜桃を差し出した。
ずっしり手のひらに残る感触を、
まだ忘れていない。

(H25・9・17 朝日新聞<朝刊>「声」所載)  

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2013年9月16日 (月)

英国一家、日本を食べる

「英国一家、日本を食べる」
(マイケル・ブース著・寺西のぶ子訳、
亜紀書房<℡03-5280-0261>、定価1995円)

 食材そのものの味わいを生かす
日本食は今、最先端の料理として
世界的に注目されている。食と旅
のジャーナリストであるイギリス
人の著者が家族とともに3か月間、
日本各地を食べ歩いた記録である。
 北海道で口にした生の蟹は<海
のかすかな甘み>と<ヨードのう
まみ>が舌に広がった。昆布の生
産地を訪れた時は、<緑色をした
動物の皮のような姿の海藻>が日
本料理の基礎だと綴る。その他に
も東京の天麸羅、京都の鯖鮨、大
阪のお好み焼き、那覇の紅芋アイ
ス、果ては鯨肉まで果敢に挑戦。
異国人の目から見た目本料理や食
材に対する表現が常に新鮮だ。加
えて、イギリス人らしい皮肉や毒
舌にも味があり存分に楽しめる。
 しかし本書の魅力は、その旅が
単なる食体験に止まらず日本文化
探訪にまで到達している点だ。上
質な日本食は<自然について(略)
教えてくれる><歴史の喚起であり、
哲学であり、生と創造と死と自然
の底深い奥義>だと書く。自然へ
の敬意そのものである日本料理の
本質を見事に突いている。 (鳥)

「とろけるような舌の旅
異邦人食紀行
ガーディアン紙、絶賛!」(本書帯)

(「サライ」2013年8月号 サライブックレビュー<読む>所載)

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2013年9月14日 (土)

アーミッシュ料理

新刊食書のご紹介

アーミッシュ料理」(未知谷発行・定価2100円)

シンプルな生活を支える食

 家族の笑顔はお袋の味から。

 自然の恵みを余す所なく活用したレシピ84種。

(H25・9・14 朝日新聞<朝刊>所載)

*未知谷:michitani.com

            :千代田区猿楽町2-5-9

     :03-5281-3751

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2013年9月13日 (金)

相撲部屋ちゃんこ百景

■相撲部屋ちゃんこ百景
           佐藤祥子く著〉
 相撲部屋のちゃんこを取材し、その過程
でみえた力士の素顔や部屋の歴史をつづ
る。春日野部屋では代々伝わる豚みそちゃ
んこ、錣山部屋では角界入りした元パティ
シエがつくる担々ちゃんこ、貴乃花部屋で
はオリジナルのイタリアントマト鍋ができ
るまでをみる。力士は他の部屋のちゃんこ
を食べる機会がほとんどなく、自分の部屋
の昧しか知らない。だからか、調理担当者
に各部屋のちゃんこ鍋のレシピ本を買って
渡したという力士も。朝青龍がこだわって
毎食食べていたもの、佐渡ケ嶽部屋に鎮座
している琴欧洲のブルガリアヨーグルト専
用冷蔵庫など興味深いエピソードも。人情
味あふれる部屋の様子が伝わってくる。
       (河出書房新社・1680円

(H25・8・25 朝日新聞<朝刊>「読書」所載)

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2013年9月 8日 (日)

支那遊廓の文學的雰囲気<中国を愛す>

支那遊廓の文學的雰囲気

支那の遊廓、色街邊りを覗いて見ると、どちらを見ても紅燈、金銀の標札などの影美しく、
叉なまめかしい曲線美に富んだ美人が家並に眺められる。 
紅燈にはその藝者屋の屋號が美しい文字で入れてあり、金銀の標札にはその
店自慢の一流藝者の名前など楷書の肉筆で立派に書き現はされてゐるのを見る。
大抵三枚五枚と掲げられてゐる。門内には二三十人の美人が抱へられ、その各房室にはそれぞれ特徴のある蘇州美人・楊州の美人、その他の紅裙連が控へて居る。年増の婆さんが、来客の見えた時には行きなり中庭の真中に立ち、黄色い聲を張上げて第一號室から二號三號室と各房の手合の藝名を聲高く呼びあげる。
すると蓮歩楚々として或は薄化粧或は厚化粧の連中が聲に從って思はせ振りの
姿をして細い手を振りながら静かに客の面前にお目通りするのである。さうして一應の
顔見せが済むとあとで、老婆は、今呼びあげたうちでどれが一番お目に止つたかといふことを聞く。普通のおのぽりさんであるとその次から次へと繰出された美人達の麗はしさに面喰つてしまつて、一々その呼び上げて呉れた名前なんか耳から耳へ抜けてしまひ、覺えても居らない。
それであるから、ただ三番目が宜かつたとか、四番目が気に入つたとか云つてその番號で返事をする。これも支那の習慣は日本邊りのそれとは違つて、行きなり行つた客なんかは宜い加減に取扱はれるものが多いのである。客の方からその室に這入り、寝台に腰を掛けたり、冗談半分分の話もしたりしながら互に喋々喃々して見たところで、その女が客に向つて麻雀をしませう                     
かと云はれる程度の嵌つた言葉を掛けられるところに至るまで来なくては物にはならぬ。そこまで来るには少からぬ月謝と時日とを要するわけである。その言葉もかけられないのにこちら  
でばかり泊つて行きたいやうなことを匂はして見たところで、そのやうな客は必ず肘鐡砲に決                                         
つてゐる。その邊の濃やかな心理作用は日本と風俗習慣を異にしてゐるわけであるから、一見舊知の如く云つてくれたからとて、それは誰れにもばらまくお愛想の言葉にしか過ぎないのである。
                              
支那に遊ぶ者はなるべくいきなり城外のステーションに宿をとるやうにする。そして時刻
は、夜分になるやうにプログラムを作る。これが通なやり方である。すると、その都城にゐる友人なり先輩なりは旅慣れぬ新来の客のことを思うて驛頭で迎える。その時、その手荷物、スーツケースなどはいきなり我家に又はホテルの方に送り届ける。さうしてその客の身柄は自分で引きとり傍に乗せ、西も東もさっぱり分からない先生を飛んでもない方面へ連れて行く。 
                    

さうして初對面をさせるのである。すると、チイチイパアパアをやられるので面喰らひ飽つ気にとられる。豫て支那の世相はこの様なものだとは聞いては居つたが、成る程目の前に突付けられて見ると、どうしてよいか。吃驚するやら嬉しいやら、言葉が丸きり解らぬので、何のこともない。西瓜のたねを投付けられて見ても、それが愛せられて投げられてゐるのか、馬鹿にされて投げられて居るのか、その邊もさつばり分らぬ。けれども兎に角支那に来て、初めて入城した時の第一印象を得る點に於て、此の方法は最も歓迎した方法だと見えて通な人は多くこの方法を採る。
それも時刻が少々早いやうな時には、先づ何處かの普通の酒楼菜館に引張り込む。さうして 
後に梅蘭芳<メイランファン>の芝居戯臺あたりへ連れ出し、どうやら芝居の撥ねた時刻を待つてその方面へと立て続けに引張り廻すのである。引張り廻されて見ると、おつかなぴつくりではあるが、しかし旅の疲れも一遍に脱けてしまつたやうな気がして来て、言葉は解らないけれども、好い気持になる。酒の味からうれしくもあり目を小さくし、初めての支那気分に打たれた事がわかり得も知れぬ支那式の洗禮を受けるのである。かう云った通人のおのぼりさんに對するもてなし振りも、夜の路上風景しては見遁すことの出来ない一場面である。
                    
(後藤朝太郎著「支那の體臭」<汎文社 昭和八年発行>より)

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2013年9月 2日 (月)

浙東の人情美<中国を愛す>

浙東の人情美

 菜種咲く江南の春は、翰墨行脚にはもつて来いの好季節で、見渡す限り野も水も畑もさうして人の心の上にも、長閑な光が伸やかに微笑んてゐる。江南の春の旅を思ひ立つ度毎に、ゆったりと霞に抱かれたやうな気持がどこからともなく、涌き起つて来る。
 呉越同舟の銭塘義渡の乗合客のうち、六十餘りと思はるる百姓の老爺がゐた。昔から一蓮托生の言葉のある通り、敵味方の睨み合い同士でも、同じ舟の中では運命を共にする譯であるが、ここは又文字通りに昔から北は呉の国、南は越と云ふ譯で、乗合客は全くの呉越同舟その者である。
 しかしそれも今は昔の話で、しかも頃は春酣なる時である。微風は徐ろに面を吹いて、上手江上の彩雲に聳ゆる六和塔はその影も幽かに雲雀がをちこちに囀ってゐる。
 「どちらへいらつしやいます。」親しみ深い顔付で、老農は自分に話しかけた。
舟の中ではあちらこちらに高聲の話も始まり呑ん気さうな歌も聞えて来る。
 「どこといふ當てもない旅だが、今日は蕭山まで行かうかと思つてゐます。」
 「あゝ、それはよい道連れで、私は蕭山の先きの田舎まで帰りますでお伴を致しませう。」
 自分もよい連れを得た譯だ。急ぐ旅ではなく、この地方の民情美に接し乍ら行く事は、願つてもない事である。
 銭塘江を渡つた対岸は、今は護岸工事がすつかり出来て、舟が横づけされるやうになつてゐるが、その頃はまだひどい泥の遠浅で、わづかに一尺幅位の板橋で短い脚のついたのが、かれこれ七八町も渡されてゐた。持ち物などのあつてはかなり危ない藝當であつた。
「半分持ってあげませうか。」自分は蝙蝠傘と小さい手提しか持つてゐなかつたので、多少手に餘力があつた。
「なに、有難うございます。これ位の事はね、まだやれますよ。しかしこの邊に馴れない方はよく泥の中に嵌まりますから御用心なさいよ。」律義な老農は、自分のものは自分でといつた恰好で、かなり重たさうな荷物を両手に持つて頑張つてゐる。その上こちらの事迄注意してくれるのだ。
板橋を渡って河原を越ゆれば、行く手は蕭山紹興へと通ずる街道である。蕭山へは道を東に取ればよい。
老農と並んで春の日永を、ゆっくりした道中だ。先つきの乗合客のうちにしこたま草紙の荷物を持ってゐた男達が、上反りのした竹の天秤棒にそれを擔いで、「エー、ホー、エー、ホー」の掛聲も勇ましく後から追いついて来た。
追抜き乍ら會釋をして飛んで行く。
その掛聲は霞に包まれた會稽山にこだまして、餘韻が長う眠そうに響く。路傍のあちこちには、白い菫が咲いてゐた。赤顔のがっしりしたお嬶さんが追いついて来た。これも乗合客の一人である。紅紙で包んだ品物を、手籃に盛ってゐる。老農とはかなり親しい間柄と見えて.路傍に立止り話し出した。浙江なまり其の儘な、尻上りの黄い聲で話は続く。よくは解らないが側で聞いてゐると、村の祭の為めに、杭州の閘門までわざわざ買物に出かけて行ったものらしい。あれこれと話した末が、女の話はどこも同じで、家庭の事に迄及んでゐる。日本のむかしの、百姓村のことなど、ふと思ひ起して懐かしかった。老農はこの界隈では顔役と見えて、道々大分會釋を受けてゐるやうだつた。そは餘り肥満したと云ふ方でもなく、押出しのよい程な姿をしてゐたのでもなかつたが、面長の方で何處となく人品があり、身なりも悪い方ではなかった。 ぽかぽか照る陽に背を敲かせ乍ら、話も長閑に道は長い。
浙東の田舎には、面白い風習がある。茅坑<マオカン>といって、路傍に行人の目に晒された戸のない便所が見える。
三人五人と一緒に並んで、腰を据えてやるやうに出来てゐるので、村の人であらうが通りがかりの者であらうが、催ほして来ればこれに腰をかけ呉越同舟で用をたすやうになつてゐる。
蓋しこれは天下の奇観で、中には五尺にあまる銜へ煙管で構へ込んでゐる先生もあり。
左右の人と大話をし乍らやつてゐる者もあり、草紙を手に、屈み加減になつて、正に終局を結ばんとしてゐる者など、春とはいひ乍ら随分呑ん気振りを発揮してゐる光景である。
老農は手荷物の疲れも出ないのか、その前に立ち止まった。
「よいお天気さんで、」
「よいお人気さんですね」
芥香たゞならぬにも拘らず、長煙管の先生をつかまへて、又一くさり談じ始めた。新緑の陰
の片廂のもとで、一人は屈み、一人は立って語り合ってゐる両農に、空の雲雀は高く囀りかける。白い蝶々も飛んで来た。
近所の老媼が春蚕の絲をひく音がする。 ピーンピーンと響くのは、古綿を打つ音でもあらうか。
これらが春光のもとに相和してゐる風景と云ったら唐人詩にも見出されない翰墨気分の極を現はし、革命動乱何んのその、正に天下は太平である。
こんな事で道草を喰ひつつ行くうちに、自分の手にしてゐた蝙蝠傘の彎曲した柄が、見知らぬ行人とすれ違ふ際に、誤ってその人の紐ボタンに引掛かつた。相手は振向き乍らひどく怒り出した。
謝罪するよりどうしようもない。すると老農は、我が孫のしくじりでもあるかのやうに、田舎言葉もいと慇懃に、その過ちを断ってくれてゐる態度は、一々よくは解らなかったが、腹の底から謝つてくれてゐる様子である。それに動かされてか、相手は顔も柔らぎ、笑ひ乍ら許してくれた。
漸くほつとして行く事五六町、何のはづみか又やつた。今度はその失策をした事よりも、老農に気を配らせる事が気の毒で、穴にも這入りたい気がした。が失策は既にやつてしまつたのだ。どうしても今度は自ら平謝りに謝って、自分で解決をつけずば居られなくなつた。
「どうか」といひかけたら、又老農の聲がそれを遮つた。
「この客人は東洋<トンヤン=日本>から来られた人で、遠来の客だからどうか許して上げて下さい。」
陽に焼けた手を出して、相手を宥め押へてゐるのである。今日會つたばかりの老爺である。
それが腰を曲げて詫びてくれるので伏し拝みたい程嬉しい気持がした。危難を救つて貰った為めではない。かうした人間の真心に對して、感激せぬ者があるであらうか。
浙東の道はまだまだ長い。道草を摘んだかずかずの話は、又の機會に語り綴ろう。春の日永の江南の旅は、何を思い出しても懐かしいのである。

(後藤朝太郎著「翰墨行脚」<春秋堂・昭和六年発行>より)

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2013年9月 1日 (日)

新刊食書のご紹介

■美味しい革命
 アリス・ウォータースと(シェ・パニース)の人びと
            トーマス・マクナミー(著)
 20世紀後半のアメリカ西海岸は、「革命」の大産地であっ
   
た。「美味しい革命」は、そのひとつである。20世紀工業化
社会は食の領域においても、人間を大いに抑圧した。大量
生産、平準化の原理によって、ファストフードが世界を制覇
し、家庭での食事も、農薬、遺伝子操作にまみれた食品群に
よって、貧相で不健康なものとなった。特に、アメリカの食
文化は壊滅的な状況だった。
 主人公アリス・ウォータースはこの状況に異を唱え、小
さな革命を起こした。1971年、カリフォルニアのパー
クリーに小さな実験的レストランをオープンした。有機野
菜など地元産の食材を使ったシンプルな料理。はじめは小
さな革命でも、大きな意味、大きな射程があれば、小さな革
命はあっという間に世界に広がり、世界を実際に変えてし
まう。それが20世紀後半のメディアのシステムであった。
 アリスの革命も、そのような性質をもつ革命だった。彼女
はカリフォルニア・クィジーヌ(料理)の母と呼ばれ、
彼女がはじめた「シエ・パニース」
は、アメリカの20世紀後半のレストランビジネスのベンチ
マークとなった。革命は成就し、彼女は成功を手に入れた。
 問題はその後である。20世紀後半、アメリカの革命は、
社会を変える以前に、ビジネスの爆発的成功という形をと
った。現代の革命の悲しい宿命である。
 ビジネスの成功のあとに、何を社会に残せるのだろう
か。お金だけが残る悲しい革命が山ほどあった。アリスの
真のすごさは、彼女がビジネスの成功に全くこだわらず
に、食を通じて、アメリカの教育を変えようとしたことであ
る。クリントン夫妻が称賛し、学校教育にも、アリスの
思想は影響を与えつつある。
 もうひとつ、アリスが残したのは、レシピかもしれな
い。そのレシピのディテールが満載されていることで、こ
の本は革命のあとの日常でも、読まれ続けるであろう。

評・隈 研吾(建築家・東京大学教授)
 萩原治子訳、早川書房・2520円/Thomas McNamee 47年、米国生ま
れ。作家、ジャーナリスト。
(H25・8・25 朝日新聞<朝刊>「読書」所載)

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