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2013年4月 2日 (火)

蘭亭に游びて曲水の今昔を比較す<中国を愛す>

 蘭亭の位置は、王羲之の風格を追懐せしむるに最もふさわしい浙江の田舎、閑雅幽邃の山峡にある。 

 之れをかの柳先生陶淵明の廬山柴桑里、酔石の 閑雅幽邃なるに比べると其趣がやや異なっている。 柴桑里には陶氏の子孫と称する小盧が二軒ありて互に総本家を争っているらしい。 が兎も角も子孫はいる。 その酔石の景趣、刻文、また渓谷より仰ぎ見らるる小瀑布の小音、すべてこれ隠者的で山月の風格をば十分に偲ばせている。 

 之に反して蘭亭の方は此に王氏の子孫こそ居ないが、山陰の峰は廬山ほど高くもなく山峡も相当に濶く、其の地勢と云い規模と云い王右軍の清遊の境地としては恰好の所といい得る。 

 蘭亭の境内は例の渓流を渉り緑陰を右に見て、正面に進めば『蘭亭』と正楷の大筆金文字の扁額を掲げられたる楼門がある。 見るからに雅趣に富みたる古代建築のスタイルに出来ている。 門を入り左に折れて梅林の間を行くこと数町『鵞池』の草書の刻碑がある。 碑亭のうちに納められてあるのであるが、手拓の跡甚だしく殆ど漆黒剥落せる所も見えていた。

 碑亭の奥梅林庭園の正面には寶亭がある。 乾隆帝勅額の御書『流觴亭』と云うが鮮やかに仰ぎ誦せられ又亭内高く『曲水趣歓處』と五大文字の扁額が光って見えている。 左右の柱楹は気高く之に長聯の懸かりて奥ゆかしく、その光彩を添えているものがある。 聯に曰く

 寄倣林邸三春陶和気。     散懐山水千歳挹遺芳。

とその右軍の遺芳を偲ばせている所に盡きぬ千古の余韻が認められていた。 寶亭の飛檐は甚だしき反を空に示して静寂の悲境に一段の清香気分を漲らせているが、更にその向って右方曲水の流れに接して楼閣の飛亭が聳えている。 境内建築美の呼物となっているものである。 先に渓流を隔てて緑陰の影からその飛亭の屋根の先端が認められたのはこの楼閣であったのである。 

 曲水の水はこの飛亭の後方山陰の北麓より匯流し来たり、劃然直截極めて深く作り成せる溝渠を縁一パイに流れ今もその溢れん計りに勢いよく湛走って更に又右へ折れている。 その色紺碧。 洵に豊富、潤沢、清洌の情緒を起こさせている。

 石橋を隔てて右方は更に二梁の堂宇破風を接して曲水のヘリを劃し並んで居るものもあった。 かくして境内竹林、梅林の陰には六、七宇の楼閣樹亭を数えることが出来た。 固よりこれとても晋代千有餘年前の当時の俤をどの程度迄伝えているかはよく判らぬが、何れにしても其の曲水の路は山陰渓流のS字形に匯流せる自然の水勢を利用していたらしいこと丈は今も明らかに推測せられるのである。 朝鮮の慶州の鮑石亭の遺跡の如き、もと山陰蘭亭の故智に倣ったものであることは人のよく知れる所であるが、斯くの如きものを以ってしては殆ど此の曲水の片影にだも似かよった所を見出すことの出来ないことを知ったのである。

 次にその流觴賦詩の清遊の場面に就て考えて見るに、自分の実地に親しく見た曲水の流勢からすると、羲之の催しをやった時代は水勢が今少しく徐々に緩やかであったものではあるまいか。 と云うのは、当時境内の水面を流れ来たれる幾多の酒盃がそれぞれ群賢の席の前に餘りにあわただしく速く到着し来たっては吟詠の暇も何もあったものでない。 罰盃又罰盃と続けさまにやられたにちがいない。 

 今日の曲水の流れは誇張して云うと四川三峡の水勢のそれの如く快速力になっている。 これでは電光石火の如く詩が口を衝いて出たとしても詩箋に認める暇もどうする間もないだろう。 殊に文人のあの執筆、運筆の構えから想像して見ても、こは日本の芝居で三くだり半など立って居てスラスラ一気呵成にやってのけるあの式には参らなかったであろうと考えられるからである。

 曲水のスピードの研究理窟を足るほど列べて、それが済むと後庭林間の緑陰を探り山陰の麓、山畝の間にささやかな小隠を訪ねて見た。 百姓のかみさんが針仕事をしている所であった。 張君先ず口を切り暖が取りたいの茶を請いたいのと思う心のままを云う。 そばにはふたりの女の児のいるのも見えていた。

 が、優しいかみさんと見えて「さあどうぞ」と却々愛想もよろしい。 話のうちに「子供さんの名前は」と軽くやって見ると、上のが沈秀英(十一歳)小さいのが沈桂英(七歳)と云う、かみさん流石に字もよく知っていて文字の即答も出来た。 いかにも蘭亭山陰の農家だけあるわいと珍しく思った。

 上のが十一歳ならうちの文子と同じだなど、たわいもない話を続ける。 小さいのに向かって持ち合わせた甘い物、紙包のまま張君から与えようとするに、桂英はにかんで母の膝もとに行って了う。 可愛い唐子のようである。 姉の秀英は一パシ早や豆がらで炉に湯でも沸かしてくれたらしい。 ゾオ、ゾオと茶の方言訛りを発音していたのであるが熱いところを出してくれる。 煙い薄暗い蘭亭の農家でこうして自分共は心あたたかいお茶を頂いたのである。 

 小さいのもそのうち狎れて来て一緒に甘味の一つも摘むようになり母子諸共五人、気のおけない間柄の団欒で炉を囲み、蘭亭年中行事の事から遊歴家のことや正面は石橋の流れであるのでどうも危ない芸当で、又渉らなくちゃ帰れないなど色々の物語りに暫し耽っているうち、こちらの体も大分暖まって来た。 

 張君は「行こうか」と云い出す。 子供の狎れて来る時分には行かなくてはならず名残惜しくも思われたのであった。 かくて挨拶をすませ梅林の間まで見送られて別れた。 飛亭をあとに再び驢夫の背にすがり水を渉りて馬上帰路に就いた。

 楼公の田舎飯屋で年糕油菜湯と老酒に再び暖を取り、船頭の待ちくたびれて寝ている所を可哀想であったが呼び起こし、これも中飯は夙くに済んだと云うので、それでは帰りの舟行は南へ十中里迂回だと例の夏の禹王の臨終地と伝うる禹皇殿(地名)に寄航大禹廟を拝し又穴の穿いた妙に滑べっこい大孔石を撫で謂れを聞きなどした。

 かくて一日の史蹟めぐりに幽情を暢敍し得て紹興東郭門をくぐり、薄暮五點鐘と云うに紹興旅館の仕官行䑓に帰りついたのであった。

(後藤朝太郎著「支那游記]<昭和二年発行>より)

 

 

 

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コメント

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