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2013年4月 9日 (火)

企業の中国進出のあり方について<中国を愛す>

 企業の中国進出のあり方について、どうであろうと自分は一度ならず有力な会社側から質問を受けたことがあるが、其の時の自分の答はこれである。

 日本の紡績などもその幹部のうちに大分中国人を入れてやらなくては納まるまい。 又利益の方も工人従業者に山分けとまではいくまいが心してよほど分配してやらなくては納まるまい。 行く処まで行かなくては到底悶着のなくなる時はあるまい。

 他人の土地に来て仕事をしている以上そこに障りの生ずるは当然である。 況んや利益を挙ぐることを目的として働く以上利害の衝突のあることは明白なことである。 唯そこに中国側の心理を視、人情を加味して所謂人間味のあるやりかたをなすことが必要である。

 ここに述べた自分の卑見は第三者としての考である。 若しも当事者として立つ時には容易にやさしい顔も見せられぬとはよく人の云う所である。 恩威並に行われるようにやることは容易でないが、要するに問題は人にあることである。

 中国のヤングチャイニーズが自覚した活動を始めたとか日本の投資家をいじめたと云って日本人は悲観するようなことはいらぬ。 経済的の利益を独占せぬように地方地方の人民と懇親を深めつつ事業を興して行くならば折り合いの悪るかるべき筈はない。

 或は又中国人が簡易工業を起こして日本の雑貨を排斥し、駆逐するようになったからとて之も悲観するには及ばぬ。 中国に対してすべて悲観は禁物である。 どこまでも中国は通ずる国である。

 中国工業が我に追い付いて来たなら先きへ先きへと日本人の方は一歩精選されたものを造りだすことを研究していることが大事である。 又中国民衆の嗜好に合うもの又購買力に合うもの又中国買弁に利益を与え得るものを次から次へといつも考えて行くことが大切である。 さもなければ行詰まるのである。 

 それ故に中国に対することはつまりいつも絶えずその研究を進め悲観せず楽観的態度で積極的に向かう可きである。 中国ぐらい前途の有望で未知数のところはない。 又中国の国土ぐらい奥深いところはない。 又中国人ぐらい甘味のありゆとりのある国民はない。 

 同時に又中国人ぐらい矛盾の多い国民はないのであるから、一方にいくら外人を拒むような態度が見えていても他方には温容で暖かい態度を持し個人的にも誠によい。 人をそらさないし又よく努めもする。 

 日本人のように一本調子でなくそこにゆとりがあってあとに楽しみを残させる気持がある。 中国人に愛想を尽かしたり、中国に悲観的の考を挿んだりすることは日本人としてあり得べからざることである。

 吾人は中国人の一部のものが自覚した顔で騒ぎをして見たところで之によって真に外人を憎んでいるとは思わない。 外人を拒んでいるのでもない。 利害の衝突したり中国人を無視したことをやるものがあれば之を苦しめようとするに過ぎぬのである。

(後藤朝太郎著「支那游記」<昭和二年発行>より)

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