« 銭塘の煙波江上老農の道連れ<中国を愛す> | トップページ | 浙江省錦江江畔茶亭の情緒<中国を愛す> »

2013年3月24日 (日)

浙東第一旅館の一夜及び紹興城外和平の景趣<中国を愛す>

 中国の田舎の宿屋ぐらいその地方のローカル・カラーの溢れている所はない。 中国文化の現代的視察にはこの田舎の旅館を重く見る必要がある。 自分はこの田舎の宿屋に深い文化趣味を感じている。

 この地方では宿屋のことをなまってカザンという。 宿屋のことを聞けば土民は客桟有的と答える。 客桟はカザンと発音し土地の通り言葉である。 自分は今その客桟に身をおいている。 ひろい蕭山の田舎の町に日本人は自分ひとりである。 宿の老班(番頭)に向かってこれまで日本人がこの辺に来たという話しでも耳にしたことがあるかと聞いて見たが、聞いたことはないとのことであった。

 道理で大層物めづらしげに、あたりの村民や子供たちが夕ぐれの第一楼の中庭に集まってくる。 セッペンニン(日本人)来了という声はあちこちから聞こえる。 動物園の庭にめずらしいカンガールでも来たという格好である。 珍客扱いは結構だが何分大変である。 

 隣室第二号の客は気のきいた青年で眼鏡越しに上海の新聞申報を手にしながら中庭の籐椅子に寝そべっている。 自分の挨拶に答えては浙江の田舎の話しなど糕柄にする。

 話し半で自分は番頭に晩餐の品目を書いて命じておく。 一、青豆蝦丸、二、糕油菜湯、三、炒鶏絲或鶏蛋、四、老酒(五個銅片)、五、花生。 幾らも時のたたぬうちにボーイは吃飯といってきて中庭の正面、客庁の八仙卓上に支度が出来ている。 青年は食事を済ませたので宿の老班どもを話し相手に晩飯をとる。

 食後散歩して見たいと思って一筋町の賑やかな地域、見晴らしのきく拱橋、寺廟の所在などを聞く。 老酒の燗が甚だよく出来ているので酒のことを老班に聞いて見ると、老班は

「これは老酒の本場紹興酒の陳酒だからものが特別によい。 紹興はこのすぐ先の町だ。」と説明する。 当然としてよい気持になって、一応第一号の自分の室にかえる。

 扉を這入って右の方に清潔な寝台、夏冬通しの白い金巾の蚊帳がかかっている中国更紗の薄い綿布(布団)が細長くたたんである。 やわらかく低い枕もある。 ベットの下には青磁焼きの便壺がおかれ、正面の壁には扁額の山水や佳句がかかげられてある。 窓の下には小卓、椅子、脚、これにランプこれだけで全部である。

 室の広さは四畳半もない位であるがいかにも小じんまりして便利に設備された部屋である。 手さげと例の蝙蝠をこれにおいたきり、別段戸締をする必要もなく、運動かたがた町を見てくると計り中庭にたわいもなく集まれる連中の中からソット抜けて出る。

 中国の新しい文化はこの田舎町にもしみ込んでいる。 左方一二町いったところに照像(写真)屋がある。 上海のバンドの古い引のばしを後生大事とかかげている。 その浦東を取り入れた取り方が気に入ったから暫く見つめていて、そして譲らないかというとジロジロ見ながら不売と答える。 見れば此店は歯医者の店を兼ねている。 金歯を嵌めるとすぐその場で撮影しようといった当世流行の空気がここにも入り込んでいるのである。 

 又相当ハイカラ店も出来かかっている。 唐物店に立寄って見た。 日水壺というものを天井から沢山ぶら下げている。 中国図案の老子の絵など描かれているが紐の具合が日本人らしい。 鄭君の坊ちゃんの土産にと思って求めて見た。 日本で魔法瓶という名が中国ではニスイフといっているのだ。

 町は四五町で尽きる。 折れ曲がって石の拱橋の高い所に上って先に来た運河の水路を見渡して見る。 鰹節型の細長い円い屋根の民船の去来は相変わらず繁々しい。 漕ぐ艪の先の水をかきわけている風情も何となくゆかしい。

 宿に帰り大客庁に茶を請ぜられていると、どこから寄ってくるかまたまた百姓の子供たちが八仙卓のまわりに集まってくる。 申報の絵の話しのたねに種々の地方的の質問を発していると、村の若い衆どもがよろこんでその問に応ずる少しもはにかまない。 四つ手網の名前から今ごろ網にかかる魚の名は何かなど聞く段になると得意げに語る。 落花生でもむきながら、こうした田舎の情緒を異国の旅の空で味わっている時は天下泰平である。 上海に紡績罷工が起ころうが、青島に飛び火しようがこの田舎の団欒的情味というものはまことになつかしい。

 浙江の田舎の中国宿はたびたび経験しているが蕭山の旅館に泊まったのはこの日が初めてであった。 終日出来事が多かったのでつかれも甚だしく、旅枕夢一つ見るひまもなく深く徹底的にねむることが出来た。 人はよく中国宿には南京虫がつき物で閉口だなどと食わずぎらいをするが一向にそのような者にも見舞われず、そのためむしろ少々物足りなく思われた位であった。 今少しくだらしのない客桟にとまったらその情緒が味わわれたかも知れぬ。

 それは兎に角として翌朝は早く十時半ごろ開船するというから朝飯がすむとすぐ船出の前に、近所の髪床にでもいってさっぱりして来たいと思った。 宿で床屋のことを北京語の剃頭的といってもよくわからぬ。 むしろ理髪店といった方が分りが速い位にこの辺は新文化に馴染んでいることを知った。 さてその理髪店にいって見るとただガラッとしていて壁の鏡と相対して椅子が置いてあるだけである。 床屋は皆小鞄を持って通いでくる。 感心に朝の九時ごろであったが既に三四人店に来て客を待っていた。 

 自分は別段に洒落る柄でもないし、さらばといって前方を藪の如くモジャモジャ当世流にやるのも好まず、またヤング・チャイニーズの時代にオール・バックも好まぬ。

  矢張りガリガリがよいからとて寸法をよく説明すると心得たりとばかり小鞄からバリカンを出して早速毛を二三度もんで刈り始めた。 曽て北京で刈られていた間居眠りをしていて中国流に丸く剃り上げられてその晩公の宴会の席で皆から早く写真を取っておけなどとひやかされたこともある。 それ以来中国の髪床では神経をとがらしていたのであるが、こたびは無難にあつらえ向きに出来た。 耳も髪も皆済んだ。

 いくらかといったら実におどろくなかれ郵船賀茂丸船内バーバーの時の十分の一以下で小洋の十四銭だという。 文明の風の吹いている地方ではバリカンさえ使えばすぐ一円五十銭をとるのが普通である事実と対比して実に意外の感が深い。

 宿に帰って見ると船が来ている。 先刻から先生を待っていたという。 見れば民船は殆ど満員の形であった。 切符の票も出来ていたので「これは済まぬ」とそこそこに早く飛び乗った。 客は例によって田舎の百姓どもやこぎれいなかみさんだち、子供を連れた番頭らしいのなどである。

 運河の両岸の眺めは裏壁つづきで先般来見て来たところの延長みたようなものの別段とりたてていう程のこともない。 やがて蕭山城外に出るとそこの転壩というという所で小蒸気輪船に乗換えるのである。 そこの碼頭で皆おろされ二三時間待たされている間に自分は色々面白い城外の情緒を味わうことが出来た。

 その第一は実に美しい五彩の青雀舫と称せらるる美術的の民船である。 盛んな仏事の施餓鬼をやりながら鳴り物入りで波上静かに流して来る景趣が見える。 新緑の楊樹と菜種の花の両岸をバックに、その合唱する題目の悠長さ加減といったらまたとない。 春の日永に土民どもと一緒に橋の縁にもたれ暢気に打ちながめているとその苫のうちから打ち鳴らす鐘の音も清らかにその善男善女の香を焚いている趣きはやさしくて何ともいえず、春の水に調和しているように見られた。 

 そして、その一パイを見送って、かすかにそれが見えなくなるころ、またもや次ぎの江上に清香の趣きをたたえつつおもむろにやってくる。 実に何というめずらしい田舎の詩的な眺めであろう。 南京秦淮の画舫は夜趣においてその名を得ているものであるが、この青雀舫は昼の呼びものとして天下にあまねく知らせたいものである。

 第二には鵜飼いの船の江上橋下を去来する景色である。 一つの船に三四十羽の鵜を使い、、その運河の水深くもぐっていったかと思うと、やがて意外の水面に姿を現わしバタバタとふなばた目がけて飛んでくる。 そして時々さかなをはかせるのであるが、その一本の竿でよくもかかる多数の鵜の群を追いあしらっているかと思うと実によく手なづけたものである。 

 高い拱橋の上からながめているとその鵜飼い船のかすかに見えなくなるまで羽ばたきしたり、水上にあそんだりしているその景趣が春の水郷ののんびりした気分を一層引きのばしてくれるように思われた。

 第三には橋のたもとにどこからともなくもれ聞ゆる児童の読書の吚唔の声の賑やかなことである。 昔は庠序に吚唔の声を聞いたなどというと司馬温公などの幼年時代を連想するのであるが今の田舎は宋代の延長として見てもよし、隋唐の世に見ても差し支えない。 声の聞こえる方角にひかされていって見たら、寺のよこ手の家で小窓のうちに児女の二三十人もが一人の村夫子先生に教わっているのであった。 

 ちょっと這入って参観しようとするとドンドン皆にげ出した。 怖れなくともよいといったら引きかえして来たものもあった。 三字経や孟子色々のものを、節をつけて音読させている。 寺子屋そっくりの光景である。 橋のうしろにまわり道教の寺へも這入って見た。 「聖神文武」の四文字が金ピカで扁額にかかげられている。 わきに四天王のからだを前にななめにしている立像や紅燭の余燼なども見えていた。 ここは民船の船頭連中の信仰をつないでいる寺らしく拝せられた。 

 なおこのあたりの民屋農家の住まいの破風には多く「福」の字が一字筆黒々と大書してある。 土地の趣味がこの福の一字によく無邪気に現わされている。 こうした田舎の情趣景趣にひたっているうちに紹興曹娥行きの輪船が程近く来る時刻になった。

 

(後藤朝太郎著「支那游記」<昭和二年発行>より)

 

|

« 銭塘の煙波江上老農の道連れ<中国を愛す> | トップページ | 浙江省錦江江畔茶亭の情緒<中国を愛す> »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/127429/57026246

この記事へのトラックバック一覧です: 浙東第一旅館の一夜及び紹興城外和平の景趣<中国を愛す>:

« 銭塘の煙波江上老農の道連れ<中国を愛す> | トップページ | 浙江省錦江江畔茶亭の情緒<中国を愛す> »