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2007年10月31日 (水)

巴里の酢豆腐

 去年パリにいたら魯山人がアメリカから廻ってきた。 じいさんはもうお齢だから、今さら西洋の風物に驚くわけじゃない。 方々の博物館が雪舟とかなんとかいって、大事に飾ってある奴に、ケチをつけて歩くだけである。 外国へ来て外国のものにケチをつけるのではなく、外国人が持ち去ったこっちのものを批判するのだから、赤子の腕をねじるごときものである。 ジイさんは大そうな御機嫌である。

 フランス料理もむろんまずいと来た。 料理は日本が世界一だという。 あるいはしからん。 僕も外国の料理がまずいのに閉口していたところであった。 癖のついてしまっっている口で、口に合わない異国の料理にケチをつけるのもやさしいことである。 それをやっていたのが、魯山人というジイさんだった。

 パリのノートルダムの後の方の河岸にトゥール・ダルジャンという有名なレストランがある。 ルイ十何世からの店で、だされる鴨にはその頃からの通し番号がついている。 丸ごと焼いた奴を一旦お客に見せてから、料理場へ下げて、改めて味をつけて出してくるという手のこんだことをする。 それに味をつけることは、余計な手間だ。 そのまま横腹を切ってこいといったのが魯山人である。

 一流の料理屋ともなれば、店の料理で食べさせるのが自慢でもあれば、誇りでもある。 フランス料理はことに味の料理である。 それを味をつけないで持ってこいといったのだから、支配人は驚いた。 案内してくれた画家の荻須高徳さんが、東京の一流料理店主だと説明して、やっということを聞いてもらった。 

 魯山人がやおら風呂敷包をひろげて出したのは、醤油とわさびだ。 醤油は関西の何とかいううるさい醤油である。 わさびは粉わさびだが、このごろは粉のほうがいいという説明である。 そいつをガラスの底でこねている白髪の老人を、満堂の紳士淑女は珍しそうに眺めている。 コックもいつの間にか出てきて、そばにポカンと立っている。 ジイさんの得意や思うべし。

 なるほど鴨の切身をわさび醤油で食べるなんて、日本を後にしてから半年振りだ。 たしかにうまかったが、話の種にトゥール・ダルジャンの味をみておきたいところである。 切らしたのは横腹だけだ、残りは店の独特の味つけで出してくれとお世辞も使ってある。 これが向うには困ることだったらしい。 鴨を煮つめたソースが得意なのである。 ジャガイモの薄く切ったのをあげて、どう細工をするんだか、プーッとふくれた奴に、そのソースをかけて出してきた。 もっと身があるはずだぞ、とはまさかいえない。 黙っていると、次に脚が出てきた。 こっちは荻須さんの奥さんを入れて四人の人数だったが、それに一本ずつ。 フランスの鴨には足が四本あると見えると大笑いになった。 つまりルイ王朝以来の何万何千何百羽の鴨はいわば「見せ鴨」で、料理はちゃんと裏に用意されていたわけだった。 それを目の前で切らされては、さぞお困りだったろうと、我々はもう一度笑った。

 支配人はしかし「東京の一流料理店の主人」を大事にしてくれて、あとで地下室へ案内してくれて、古いコニャックを振舞ってくれた。 これは別にそれほど大事にしたわけではなく、常套手段だという人もあったが、その次中村光夫と行った時は、その恩典に浴さなかったところをみると、誰にもすることではなかったらしい。

 料理人が魯山人のわさび醤油に示した注意に、やはり味のことになると熱心だと、僕が感心すると、「客あしらいの訓練ができてるというだけじゃ」と実際「星ヶ岡」をやったことがある魯山人はいった。

(おおおかしょうへい・作家<昭30・8>「あまカラ」(六月社版)所載)

 

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