たべ物と風情(二)
これと甚だいい対照物はこの家の給仕人たち、北支那人ことに山西、山東あたりの生まれの大男の四十ぐらいのばかりの、ずく入道たちが二三人、我々の卓の後方にのっそり立って給仕をしてくれながら、片手でちいんと手ばなを我々の肩ちかくで飛ばし給う。
物ずきな三上於菟吉や、いたずら者の私なんぞは些かも困らず、いと物おもしろげに「おぼろ月夜の手ばなかな」で可笑しいが、江戸っ子の時雨女史はいとも閉口している。 このずく入道達の給仕は年久しく健在で、この店にいたと見えて後年ー十年もたっての後、藤田嗣治さんがこの入道をたしか二科展へ油畫に料理して出品されて対面した。 向いの房にいる未知の客からは、私たちの事をよみこんだ唐の詩を風情ある筆跡でお皿へかいてとどけてよこした。 何だか房と房の間の中空から月が見えたような気がする。
さて又十年以上もたって、私がひとりで天津のある横丁を散歩していると、大きくはないがひどく繁盛するらしき、まあ日本でたとえればむかしの天ぷらの橋善か、どじょう汁やといった車屋、苦力でも身ぎれいなら客にあげそうな店で、客が一ぱいなので往来ばたでセッセと男たちが肉を切っては小皿に幾切れかどんどん盛り付けているところを通りかかった。 牛肉ではない、何の肉かはしらねども、その肉のいろのうまそうな事、よだれがたれそうな肉の感じである。 この位うまそうな肉の色はかって佛都ルウブル美術館で、巨人レムブランドが描いた『牛肉の畫』骨つきのぶら下げた肉の古代の名畫以来のうまそうなことである。
私は早速近くの毎日新聞社支局へ飛んでかえって、仲間を二人引っぱって、この流行っている何だかわからぬ肉鍋屋へおし上がった。 三階まで一ぱいの客で、あの肉を皆うまそうに食べている。 ところが、我々三人共殆んど啞の客『わかりません(プウミンパイ)』で、左右をみながら手真似口真似注文して、給仕の支那小僧を手こずらしたり笑わせている所へ、遠くの人ごみで食べていた老天津の日本人がやってきて通訳してくれた。
これは天津で一ばん流行る羊肉の美味で有名な店であった。 その人のいわく「それにしても日本人なんぞ到底こない店ですが、よくわかりましたなア。」 (洋畫家)
(長谷川 春子「たべ物と風情」より その(二)
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