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2006年12月21日 (木)

永倉新八と映画

 新撰組の、生き残りの隊士で、近藤勇も一目を置いたほどの剣客・永倉新八を主人公にして、私が<幕末新撰組>を書いたのは、もう二十余年も前のことになる。 

 永倉新八は、のちに杉村義衛(よしえ)と改名をし、明治維新後は亡父の主家であった松前藩へもどり、後年に、北海道・小樽へ住みつき、大正三年に七十七歳の生涯を終えた。

 新撰組の<歴史>をつづる、数々の血闘に参加し、その剣名をうたわれた永倉も、ここまで生きのびることができようとは、夢にも思わなかったろう。

 永倉新八のお孫さんは、杉村道男といい、当時、札幌の大学につとめておられた。 いまは故人となられたが、そのころは元気で、北海道へおもむいた私に、祖父・永倉のことを、いきいきとした表現で語ってくださった。

 杉村氏は、十五、六歳になるまで、祖父に可愛がられてすごした。 父の杉村義太郎は「柔道をやれ」とすすめ、祖父の永倉は「あんなものは、いくらやっても、何の足しにもならん」と、剣道をすすめ、ついには親子が大喧嘩になって、孫の道男氏は、「あのときばかりは、実にこまったものです」と、いった。

 ところで、永倉新八は非常な映画ファンだったそうな。 むろん、晩年のことだが、日本映画は、まだ初歩の段階で、まとまったものはできていなかったから、チャップリンのキーストン喜劇や、グリフィスの映画や、それに<ジゴマ>なんかも観ていたろう。 小樽へ来る外国映画は、同じものでも二度、三度と観ては、つくづくと、

「ああ、わしは長生きをしたので、こんな文明の不思議を観ることができた。 実に何とも妙な気もちだよ。 近藤(勇)や土方(歳三)が、もしも生きていて、この活動写真(映画)というしろものを観たら、どんな顔をするかなあ」

 と、孫の道男氏にいったそうだ。

「あれは、祖父が亡くなる少し前でしたが、例によって、孫の私を連れて映画見物に行ったときですが・・・・・」

 と、道男氏が私にはなしてくれた。

「下足のところで、映画がハネると、大変に混雑します。 あずけてある履物を受けとろうと見物の人々が先を争う。 祖父はもう八十に近いし、よたよたと人の波にもまれているわけです。 そのときにね、土地の若いやくざ者が、七、八人で、祖父を小突きまわすのですよ。 じじい、早くしろとか、ぐずぐずするなとかいってね。 祖父はじっとこらえていました。 私も、十年以上も、祖父が剣を持つ姿を見ていませんし、はらはらしながら、祖父の手にすがっておったんです。 するとね、よろよろしていた祖父の背筋がぴいんと張ったかとおもったら・・・・・・」

 永倉新八の肚の底から、ほとばしり出るような凄まじい気合声が起こった。 そして、永倉は、やくざどもをにらみつけた。

「するとね、やくざどもは、たちまちに蒼くなって、ぱっと祖父から離れ、こそこそ逃げてしまいました。 さすがにちがったものだとおもいましたね」

 そのとき、道男氏が、「おじいちゃん、強いね」  うれいしそうにいうと、永倉は鼻の先で笑って、「あんなのは、屁みたいなものだよ」といったそうである。

(池波正太郎「夜明けのブランデー」より無断転載)

  

  

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コメント

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投稿: FERNHodges25 | 2012年4月 5日 (木) 08時18分

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